イラン国営メディアなどによると、一九七九年のイラン革命以来、国会議長や大統領などの要職を歴任した最高評議会議長のアクバル・ハシェミ・ラフサンジャニ師が八日、首都テヘランの病院で心臓発作のため死去した。八十二歳。欧米との対話も否定しない保守穏健派の重鎮で、欧米とのイラン核合意(二〇一五年)の「陰の立役者」としても知られた。
 ラフサンジャニ師は、イラン革命を実現させた初代最高指導者ホメイニ師(故人)の側近。八〇年に初代国会議長に選出された。八九年、ホメイニ師の死去に伴いハメネイ大統領が最高指導者に就任すると、大統領選に立候補して当選。九七年まで二期八年務めた。
 九〇〜九一年の湾岸危機・戦争では中立を維持し、ハメネイ師ら保守強硬派に対抗する形で改革・穏健派を育て、九七年にハタミ大統領、二〇一三年にはロウハニ現大統領の誕生に尽力した。
 ハメネイ師は声明を出し「闘争の同志を失ったことは耐えがたい困難だ」とラフサンジャニ師の死を悼んだ。イラン政府は三日間の服喪を発表。十日に葬儀が行われる。
 (カイロ支局・中村禎一郎、写真はUPI・共同)
 イラン国営メディアなどによると、一九七九年のイラン革命以来、国会議長や大統領などの要職を歴任した最高評議会議長のアクバル・ハシェミ・ラフサンジャニ師が八日、首都テヘランの病院で心臓発作のため死去した。八十二歳。欧米との対話も否定しない保守穏健派の重鎮で、欧米とのイラン核合意(二〇一五年)の「陰の立役者」としても知られた。
 ラフサンジャニ師は、イラン革命を実現させた初代最高指導者ホメイニ師(故人)の側近。八〇年に初代国会議長に選出された。八九年、ホメイニ師の死去に伴いハメネイ大統領が最高指導者に就任すると、大統領選に立候補して当選。九七年まで二期八年務めた。
 九〇〜九一年の湾岸危機・戦争では中立を維持し、ハメネイ師ら保守強硬派に対抗する形で改革・穏健派を育て、九七年にハタミ大統領、二〇一三年にはロウハニ現大統領の誕生に尽力した。
 ハメネイ師は声明を出し「闘争の同志を失ったことは耐えがたい困難だ」とラフサンジャニ師の死を悼んだ。イラン政府は三日間の服喪を発表。十日に葬儀が行われる。
 (カイロ支局・中村禎一郎、写真はUPI・共同)

引用元 ラフサンジャニ師死去 82歳、イラン元大統領:一面:中日新聞(CHUNICHI Web)